当院での治療成績をお示しする前に、生存曲線について説明致します。
生存曲線とは、患者さんたちを、何か特定の因子で複数のグループに分けます。グラフの横軸に、治療開始から、最終生存確認日またはがんで亡くなられた日までの期間をとります。縦軸はそのグループに当初所属していた方々の何%が生存しているかを示します。
治療後、長期に渡り殆どの人が生存していれば、その群の曲線は右方向に水平に近く、右上方へ凸なものになります。一方治療から早期に再発死亡する人が多ければその群の曲線は、急速に低下して左下方に凸なものとなります。
この曲線を、特殊な計算で比較することでグループ間に差があるか否かがわかります。差があるということは複数グループに分けた因子が、治療成績に影響するものであるといえます。
1991年から2000年の間に坪井病院で、卵巣がんの治療を受けた患者さんは101名になりました。
進行期別では、Ia,b期の卵巣限局例は22例(21.8%)、卵巣限局も腹水細胞診陽性などややリスクの高いTc期や骨盤腔進展を伴うU期例は併せて28例(27.7%)でした。
更に骨盤腔を超えて腹腔内にがんが進展したり、リンパ節転移を伴うV期、遠隔転移を伴うW期の進行例が51例(50.5%)を占めていました。図2に進行期別生存曲線を示します。
この場合は、早期のIa,b期群、やや進んだIc,II期群、進行例のIII,IV期の三つのグループに101人が分かれます。
Ia,b期例は全例生存し、治療開始より5年経過した方々の生存率(5年生存率)は100%で治療成績は極めて良好です。

図2 臨床進行期別の予後の比較 |
欧米の多くの報告では、 Ia,b期例の生存率は90〜100%で、坪井病院でも100%の生存率を示しました。
Ic,II期についてはわずかながら再発やがん死がみられ、5年生存率は、坪井病院では74%でした。これも緒家の報告とほぼ同等です。
III,IV期の進行例の5年生存率は25〜35%と報告されており、坪井病院での34%という5年生存率は報告例に比較しても、高い水準に達しているといえます。
しかし、進行した卵巣がんではいまだに3分の2の方が亡くなるわけで、尚高い死亡率を示しています。進行例に対する治療法の改善とともに、早期発見が卵巣がん治療に重要です。
近年では、経膣超音波装置による卵巣がん早期発見の試みも行われ始めました。
是非、婦人科での超音波検査をお勧めします。
次に、卵巣がんの治療成績、特に抗がん剤の効果に影響する要因として、組織型といわれるがんの顕微鏡的な形態があります。
卵巣がんでは、主なものとして4つのタイプがあります。漿液性腺がん、類内膜腺がん、粘液性腺がん、明細胞腺がんです。前二者の漿液、類内膜腺がんの群は比較的抗がん剤が効く(感受性)タイプといわれ、後二者の粘液性、明細胞腺がんは抗がん剤が効かない(抵抗性)ことが多く治療成績が悪いといわれていますが、両者の治療成績に差がないという報告もあり、前述のがんの進行程度は、治療の成否に重要な因子ではないかもしれません。
坪井病院では漿液性腺がん35例(34.7%)、類内膜腺がん25例(24.7%)、 粘液性腺がん21例(20.8%)、明細胞腺がん13例(12.9%)、その他7例(6.9%)でした。進行期を一致させるため、I,II期例とIII,IV期例に分けて組織型別の治療成績をみました。
図3に示すようにI,II期例、III,IV期例ともに、漿液、類内膜腺がん群と、非漿液、類内膜がん群に殆ど差がありませんでした。最近では、抗がん剤があまり効かないといわれる粘液性、明細胞腺がんに、従来と異なる抗がん剤を投与する研究もありますが、未だその治療が有効であるという証拠はなく、坪井病院でも治療成績に差がないことなどから、現時点では我々は組織型別に抗がん剤の種類を変えるということは行っていません。今後の検討課題と考えています。

図3 組織型別の生存曲線の比較 |
がんがリンパ節に転移することはよく知られています。卵巣がんでリンパ節転移があるということは、例えそれが、一個だけでも、小さなものでも治療成績を悪化させます。前述の進行度分類で、リンパ節転移があればそれだけでIIIc期となるのはこのような理由からです。
坪井病院でも、手術でリンパ節を調べえた69例で、転移が認められなかったものが45例(65.2%)、転移例が24例(34.8%)で、転移例が明らかに治療成績が不良です。(図4)
一方、図5に示すように腹腔内にがんが広がった例でかつリンパ節転移があった例でも、腹腔内にがんが広がっていてもリンパ節には転移していなかった例とほぼ同じ治療成績です。
つまり、例え腹腔とリンパ節とかなり進行した卵巣がんでもリンパ節摘出を含めた充分な手術を行うことで、治癒にいたる例が少なからず存在するということです。
リンパ節郭清を充分に行なうことは、各症例の治療効果を占う意味で重要であり、またリンパ節病巣を摘出することで腹腔内病変進行例であっても治療成績の改善につながると考えられます。
これと同様の報告が多くあります。

図4 リンパ節転移の有無別での生存曲線の比較 |

図5 腹腔内病変とリンパ節病変でみた生存曲線 |
また、進行卵巣がんの手術においてがん組織を可能な限り摘出し、残存病巣を少なくすることが治療成績を向上させるといわれています。
多くの報告でも残存病巣の最大径2cm以下の群は2cm以上の群に比して予後良好と言われています。
坪井病院でも2cm以上の腫瘍が残った例は、手術で残った腫瘍を2cm以下に出来た例や肉眼的に残存無く、取りきれた例に較べて明らかに治療成績は不良でした。(図7)
初回手術で充分に腫瘍を摘出することは、前述のリンパ節郭清とともに治療成績向上のための手術因子として重要です。抗がん剤に期待するあまり不十分な腫瘍摘出で手術を終えたり、リンパ節郭清を省略することは、治療効果を低下させ、再発やがん死の危険が高くなる可能性があります。
坪井病院では、卵巣がんの手術として、子宮、卵巣摘出、リンパ節郭清、大網、虫垂切除を標準術式として、可能な限りがんを摘出するように努めています。

図7 卵巣がんへの抗がん剤投与の現状と効果 |
一方、抗がん剤による化学療法については、卵巣がん治療に大きな比重を占めています。
坪井病院でも、原則として手術後、全例に行っていますが、1998年以前はシスプラチン(商品名:ランダ、ブリプラチン)またはカルボプラチン(パラプラチン)という白金系製剤を中心としたCAP療法が主として行なわれてきました。
1998年のパクリタキセル(タキソール)の登場以後はパクリタキセルとシスプラチンまたはカルボプラチンの組み合わせ (以下TP,TJ療法)と従来のCAP療法が、患者さんの状態や合併症、副作用を考慮して適宜施行されています。
図6に示すように、57例は手術で肉眼的に全病巣摘出が行なわれ、その後治療拒否等の2例を除いて、補助的、強化的化学療法として行われています。その後の再発はCAP療法で5例(12.2%)、TP,TJ療法で1例(7.1%)に認められました。両群で再発率には有意の差は認められません。
一方44例は全摘出不能例で寛解導入療法として行われ、CAP療法で奏効率は60.7%(17例/28例)で、TP,TJ療法では奏効率は56.3%(9例/16例)で、両群の奏効率に有意差は認められません。

図6 手術時の残存病巣の大きさ別で見た生存曲線 |
卵巣がん治療薬として、白金製剤の有用性は確立されたものであり、シスプラチンにアドリアマイシンとサイクロフォスファミドを併用した組み合わせがCAP療法として主に行われていました。
その後、腎毒性、催吐作用の軽減されたカルボプラチンの開発によりカルボプラチンとアドリアマイシンとサイクロフォスファミドの併用療法が普及してきました。これらのCAP療法の奏効率は60%前後と報告されています。
坪井病院でも、CAP療法を用いて、評価可能症例で60.7%の奏効率を得ました。
1980年代後半にパクリタキセルが登場し卵巣がん化学療法に新たな選択肢が加わりました。欧米での、多施設共同研究でシスプラチン+パクリタキセルはシスプラチン+サイクロフォスファミドより有効であるとの報告があり、次いで、カルボプラチン+パクリタキセル(TJ)はシスプラチン+パクリタキセル(TP)と同等の効果で副作用が軽微であると報告され、現在の卵巣がん治療の主流となりつつあります。
坪井病院でも26例の評価可能病変を有する例にTP,TJ療法を行い、56.3%の奏効率でCAP療法に遜色ない効果を得ています。
今後、TJ療法での例数が増加すると、従来のCAP療法に勝る効果が期待できると思われます。
更には、新たなタキサン化合物としてドセタキセル(タキソテール)がパクリタキセルとの比較がおこなわれているところです。坪井病院でも数例の投与経験があります。
以上のように卵巣がんにおける化学療法については、世界中で種々の治療法の開発やその効果の検討が進行中であり、日進月歩といっても過言でありません。私たちも治療の進歩の潮流に乗り、卵巣がん患者さんの治癒率を少しでも高めようと努力しています。 |