大阪府立成人病センター
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脳腫瘍
  1. 1.悪性神経膠腫
    1. A.はじめに
    2. B.腫瘍を疑う症状
    3. C.腫瘍の特徴
    4. D.腫瘍の症状
    5. E.診断
    6. F.腫瘍の治療と副作用
    7. G.当院独自の治療法
  2. 2.悪性リンパ腫
    1. A.はじめに
    2. B.症状
    3. C.診断
    4. D.治療と副作用
    5. E.当科独自の治療法
  3. 3.転移性脳腫瘍
    1. A.はじめに
    2. B.診断と治療
  4. 4.髄膜癌腫症(癌性髄膜炎)(neoplastic meningitis)
    1. A.特徴
    2. B.症状
    3. C.診断
    4. D.治療

1.悪性神経膠腫


A. はじめに
    脳腫瘍のうちの“ガン”について記することになりますが、脳は頭蓋骨という狭いスペースに存在するためにそれが良性(ガンでない)であっても系統器癌(肺、胃、大腸 etc)に比し予後が悪い場合があります。一般に神経膠腫(glioma)が腫瘍(癌)総論の面から論じられるようになっていますので、ここではまず脳腫瘍として最も多く、gliomaで代表される神経上皮組織由来の腫瘍、特に退形成性星細胞腫 (anaplastic astrocytoma)と神経膠芽腫 (glioblastoma)の悪性神経膠腫について述べ (表1)、その他に当科で多い脳原発の悪性リンパ腫および系統臓器癌より脳への転移、すなわちの転移性脳腫瘍(脳実質内転移、髄膜癌腫症)について記します。
    脳は心臓よりの血液から栄養と酸素の供給を受け種々の働きをします。記憶、思考、感情の調整、各種運動の発令、知覚の認知、意識、呼吸・血管の調整などがあります。解剖学的には大脳から中脳、脳橋、延髄、脊髄へと上から順に下に向かって存在し、脳橋の背中に小脳をおんぶしたようになっています。小脳は平衡に関与し、これの障害にて運動・平衡障害が生じます。
B.腫瘍を疑う症状
    脳腫瘍は脳ドックなどで偶然発見される無症状なものから、突然に痙攣発作(てんかん症状)をきたすもの、あるいは徐々に進行する麻痺、日常活動の低下、記銘力の低下、感情・性格の変化(鈍麻)や頭痛(朝に強く夕に和らぐ)の持続などの症状をきたす場合が多い。最終的には腫瘍が大きくなり、頭蓋内圧が高くなり、嘔吐をきたしたり視力低下をきたすようになる。このころには徐々に意識レベルの低下がおこり、日常活動ができなくなり(制限)よく寝るようになる。
C.腫瘍の特徴
    脳腫瘍は他臓器癌と違って種々の特徴があります。まず第1に脳腫瘍はその発生・占拠部位によってその脳の働きを障害し、様々な症状を呈します。したがって画一の症状はありません。頭痛、嘔気・嘔吐の症状は腫瘍がかなり大きくなってからです。第2に脳は頭蓋骨という閉鎖腔に囲まれているために腫瘍の圧排のために急に脳の中心部にねじれが生じたり、陥凹部に脳が迷入する脳嵌頓が生じて急に意識が無くなり死に直面することになります。これはあたかも急に脳梗塞や脳出血の脳血管障害を生じた様な状況を呈します。第3は、脳の場合は、他臓器癌と違って抗ガン剤が到達しにくい環境にあります。特にgliomaの場合は、血液・脳関門 (Blood-Brain Barrier:B.B.B.)といって脳の血管は内皮細胞がtight junctionによって強固に連結され他臓器血管のようにporeという穴があいていないためです。腫瘍によって血液・脳関門はある程度障害されますが、腫瘍の浸潤部である辺縁は正常に存在するために抗ガン剤は到達しにくいのです。転移性脳腫瘍の場合は頭蓋外臓器癌が脳血管の中を通り、局所に生着して増殖するためにB.B.B.はgliomaほど問題になりませんが、それでも頭蓋外臓器癌の場合の1/10量が取り込まれるにすぎません。一般に転移性脳腫瘍ではB.B.B.が無く頭蓋外臓器と同量の薬剤が取り込まれるように言われていますが、誤解されています。転移性脳腫瘍はgliomaのように浸潤性に発育するものは少なく、一般に拡大性に周辺組織を圧排して増大するために腫瘍辺縁にも中心部と同等に分布しやすいのです。第4は機能温存とQ.O.L.の観点から腫瘍の占拠部位によっては殆ど切除不能で生検に終わる場合もあり、系統臓器癌ほど根治的に切除できない場合が多い。従って手術後の放射線、化学療法らの補助療法の依存度が高い、などの特徴があります。
D.腫瘍の症状
    手足の脱力、感覚障害(風呂に入って気づくことも)、言語障害、視力・視野障害、痙攣発作等の脳の局所の働きを障害することによって生じる巣症状、精神活動の鈍麻に代表される精神症状、頭痛、嘔気・嘔吐の腫瘍が大きくなって頭蓋内の圧が亢進して生じる頭蓋圧亢進症状があります。一般に噴出性嘔吐といって突然噴出したように吐き出す嘔吐もその特徴の一つです。
E.診断
    CTスキャン、MRIにて通常存在しない塊として診断され、最終的には病理組織学的診断によって悪性度、型が決定します。神経膠芽腫は、CT単純では低〜等吸収域のheterogenousな所見を呈し、造影剤で不均一に増強効果を受け、多房性や壁の厚いリング状の増強効果を受ける場合もあります。しかし退形成性星細胞腫 (anaplastic astrocytoma)ではまったく増強効果を受けない場合もあります。腫瘍の周辺は広範な浮腫による低吸収域を呈します。退形成性星細胞腫で脳表面に存在するものは、腫瘍周辺の浮腫は少ない場合が多くみられます。神経膠芽腫ではMRIは、T1強調画像で低、等、高信号強度の混在した所見を呈し、周辺は広範な低信号強度を示します。ガドリニウム (Gd)(造影剤)にて壁の比較的厚い、不整な楕円状、あるいは多発リング状の増強効果を示します。T2強調画像では、やはり低、等、高信号強度の混在した所見を呈し、周辺は広範な高信号強度を示します。
F.腫瘍の治療と副作用
    組織の確認なく確実な治療は行えないのが基本でありますので、出来るだけ機能を障害しないように可及的に腫瘍を摘出します。時にはCTガイド下に生検といって腫瘍の一部をほんの少し取って組織を確認する場合があります。悪性腫瘍の場合は、その後に放射線や化学療法等の補助療法を行います。1)従来一般に行われている放射線照射は60Coガンマ線やX線を用いるLinac照射があり、腫瘍局所に限局して行う方法と腫瘍局所照射(boost照射)に全脳照射を併用する方法があります。2)また近年定位的放射線治療(stereotactic radiotherapy: SRT)といってγ−ナイフやLinac-ナイフ、サイバーナイフによる局所照射療法があります。これは放射線による正常脳の防御と、より局所に大量照射して腫瘍をたたこうとする試みであります。この副作用は、7%程度で発生すると言われている浮腫で、治療後数ヶ月から1年以内に発生し、時には強い圧排所見が見られ、注意を要する。3)その他に重粒子治療がありますが、従来の放射線と同様腫瘍のターゲットを決定する困難さはあり、抗ガン剤(ACNU)と併用して行われているが、その効果も従来の放射線の域をでない。4)Photon Radiosurgery System(PRS)は、腫瘍局所に高線量のX線照射を行い(通常の放射線治療と比較して局所に約10倍以上)、それと同時に組織温度の上昇も得られるために放射線治療と温熱治療効果が同時に得られるポータブル型の組織内X線照射システムです。日本では1995年より、東京女子医大で開始され、膠芽腫や悪性星細胞腫で有用な結果が得られています。
G. 治療法の選択
    画像上明らかに悪性腫瘍と判断できる場合、希望があれば腫瘍摘出を受けない場合もあります。最も悪性の神経膠芽腫の平均生存期間は、手術単独で5ヶ月、手術に放射線併用して7ヶ月、手術に放射線と化学療法を併用してせいぜい13ヶ月というのが現状です。勿論、平均生存期間であって、中には各種治療が効果を示して5年以上生存される場合もあります。退形成性星細胞腫の場合はもっと平均生存期間が長く2年ぐらいです。γ-ナイフやライナックナイフ、サイバーナイフによる定位的放射線治療に関しては十分な症例数の治療結果はまだ報告されていません。PRSに良好な結果が報告されていますが、今後期待されるかもしれません。
    化学療法については、上述したように腫瘍中心部はすでに薬剤の取り込みを制限する脳・血液関門は障害され抗ガン剤はある程度取り込まれますが、腫瘍周辺部の浸潤部では脳・血液関門が存在し、抗ガン剤が到達しにくい問題があり、この部をいかに治療するかが重要でこれに焦点がおかれます。したがって脳・血液関門を通過し易いニトロソウレア系制ガン剤が一般に使用されています。日本ではACNU(ニドラン:塩酸ニムスチン)として発売されています。この薬剤は低分子、低イオン化、脂溶性であるために血液・脳関門を通過し易いためです。しかしながらその強い骨髄抑制のために4〜8週間隔で投与せざるをえなく、十分な抗腫瘍効果を発揮しずらい状況です。
    近年、遺伝子工学、分子生物学の急速な発展のもとに悪性脳腫瘍に対する治療として遺伝子治療法が開発されました。悪性グリオーマに対する遺伝子治療は1992年に米国NIHで世界で初めて実施され、13症例中5例の腫瘍で縮小効果を認めたと報告されていますが、満足できる結果までには至らず、低い遺伝子導入効率とベクターの組織内分布の問題が言われており、今後の研究の発展を待たなければなりません。
    Biological response modifier (BRM)による悪性神経膠腫の治療もなされています。これは腫瘍を外からの侵襲物と認識して生じる生体防御反応の強化治療で代表的なものにインターフェロン (IFF)療法があります。インターフェロンにはα、β、γの3種類あり、βによる治療が1980年前半からなされています。単独での抗腫瘍効果は静注で12.5%ですが、放射線と化学療法との併用が一般に行われており、40%の高い奏功率が報告されています。
H.当院独自の治療法
    神経膠腫に対する放射線治療において最も重要なことは、神経機能をできるだけ温存して浸潤する腫瘍細胞に致死的な線量を照射できるかということである。この不正形のターゲットの設定は従来の放射線治療では不能であったが、当院で本邦で先駆けてmulti-leaf collimeterを導入しそれが可能となった。これによって定位的放射線治療を行い、可能な限り正常脳を防御し、腫瘍部およびその浸潤部位である周辺2.0 cmまで多形葉状に輪郭を設定し、その部に大量の照射を施行する方法を行っています。この新しい方法によって良好な結果が得られつつあり、今後の発展が期待されています。
    化学療法については、マイクロカテーテルを用いた超選択的動注療法を行っていす。これは、マイクロカテーテルを用いて末梢の腫瘍の主幹動脈までカテーテルを進めてそれよりニトロソウレア系制ガン剤を動注する方法をとっています。この方法ですと従来の頸動脈から動注する方法に比べて投与量は1/2で済み、しかも確実に腫瘍に到達させることができます。また椎骨動脈流域も可能となります。この方法を行うことによって投与の反復が可能で、副作用も少なくなっています。またこのニトロソウレア系制ガン剤に効果を示さない腫瘍では、同じくマイクロカテーテルを用いたVP-16とCDDPの併用動注療法を行っています。この薬剤はニトロソウレア系制ガン剤と違って投与量、投与速度が問題となり、その他にも種々の技法が要求されますが、現在大きな問題を生じることもなく安全に施行されています。この方法は両者併用による相乗効果のみならず、VP-16の血液・脳関門の修飾作用を応用できます。まずVP-16を動注することによって血液・脳関門が修復され水溶性抗ガン剤であるCDDPも腫瘍に到達し易くなって効果を発揮できます。また大量の抗ガン剤が腫瘍中心部に取り込まれ、diffusionによっても腫瘍周辺部に到達できることになります。 その他の化学療法については、5-fluoro-2’-deoxyuridine (FdUrd)による腫瘍腔内投与療法を行っています。これは癌性髄膜炎の項で述べますが、当科で神経毒性が極めて低く、しかも強い抗腫瘍効果をもった髄液腔内投与可能の抗ガン剤であることを証明して米国特許を取ったものですが、少量の術後残存腫瘍に対して切除腔を術中帽状腱膜で閉鎖腔としてその中に薬を連日投与する方法で、14例中8例に明らかな効果を認め腫瘍の完全消失も認めています。
    現在、遺伝子療法についての研究も行われており、将来の治療として期待されています。
    表1 Neuroepithelial tumorsのWHO分類での悪性度

      Grade T pilocytic astrocytoma
      subependymal giant cell astrocytoma (tuberous sclerosis)
      ependymoma 
      choroid plexus papilloma
      ganglioglioma
      Grade U astrocytoma (fibrillary, protoplasmic,gemistocytic)
      oligodendroglioma
      germinoma
      Grade V anaplastic astrocytoma
      anaplastic oligodendroglioma
      anaplastic ependymoma
      Grade W glioblastoma
      medulloblastoma
      pineoblastoma

2.悪性リンパ腫


A.はじめに
    悪性リンパ腫はリンパ節あるいはリンパ組織を持つ臓器に発生する非上皮性腫瘍で、大きくはHodgkin病と非-Hodgkinリンパ腫に分けられます。しかしながらリンパ組織が存在しない脳実質内に原発性リンパ腫が発生する原因についてはいまだ明らかにされていません。しかしながらエイズ(AIDS)患者や免疫抑制剤の長期使用者に発生しやすいことから免疫不全状態との関連が指摘されています。組織学的には、濾胞が多くみられる濾胞性とびまん性に分けられ、免疫学的機能分類では、B細胞型とT細胞型に分けられます。。中枢神経系に見られる悪性リンパ腫はB-cell由来の非-Hodgkin lymphomaでとくにdiffuse, large cell typeが多く、まれにT-cell lymphomaがみられます。単発例と多発例があり、やや単発例が多い傾向にあります。
B.症状
    この疾患に特別の症状はありません。麻痺等の巣症状が最も多く、続いて嘔気・嘔吐、頭痛等の頭蓋内圧亢進症状に精神症状が続きます。まれにぶどう膜炎を合併していることがあり、これが診断の目安になることがあります。
C.診断
    CTでは単純で等〜高吸収域、造影剤で90%近くの症例で均一に増強効果を受けますが、中には神経膠芽腫との判別が難しいリング状増強効果を受ける例があります。MRIではT1強調画像でわずか低〜等信号強度、T2強調画像で高信号領域として描出され、造影剤にて強く増強効果をうけます。まれにび漫性にわずか増強効果を受けるものも存在します。脳血管撮影では腫瘍陰影は一般的には描出されませんが、淡い腫瘍陰影を示す例もあります。腫瘍の占拠部位としては、大脳基底核、脳梁、視床が好発部位です。その他の診断法としては、血清β2-microglobulin値は脳悪性リンパ腫では髄液値が高値を示す場合がありますが、血清値は大部分正常値を示します。また123I-IMP-SPECTのdelayed scanは脳腫瘍では陰性になりますが脳悪性リンパ腫ではdelayed scanで陽性像を示すことが多いと言われています。
D. 治療と副作用
    手術療法のみでは、平均4.6、5.5ヶ月の生存期間です。もっぱら放射線治療が施行され、局所、全脳照射をあわせて60 Gyほどなされていますが、その効果で生存期間も延長されますが、放射線照射のみでは完全制御は無理とされています。
    化学療法については、全身の悪性リンパ腫に対しては、一般的にCHOP (cyclophosphamide, doxorubicin, vincristine, prednisolone)療法がなされ、これを基本として種々の薬剤の組み合わせで治療されていますが、やはり化学療法単独での完全制御は無理です。近年、超大量methotrexate療法が期待されてされていますが、methotrexateによる神経毒性の問題がある。またVP-16とCDDPの併用療法の効果も報告されていますが、いずれも放射線との併用が必要です。また近年radiosurgeryが導入されこれとの併用治療も期待されています。
    ステロイドホルモンに急速に反応する例があり、腫瘍の縮小が得られその後まったく再発しない珍しい例もみられますが、一般には腫瘍が完全消失しても耐性獲得のためか、数ヶ月して再発します。当科では完全消失後のステロイドホルモンの長期少量維持療法が再発防止に効果があるのではないかと考えています。
E. 当科独自の治療法
    (1)methotrexateの腫瘍内投与療法

    充実性の大きな腫瘍に対して腫瘍の生検時にOmmaya system (腫瘍の一部切除部にチューブを留置しそれと皮下に留置した貯留槽とを連結したもので、経皮的にOmmaya貯留槽を穿刺して薬剤を注入することができる)を設置し、それよりmethotrexateを1〜5mg/回を週2回で計4回投与する。これによって腫瘍は著明に縮小し、その後の放射線照射を腫瘍が完全消失するまで従来必要量とされている60Gy照射量を30〜40 Gyに減量することができます。その後ステロイドホルモン(β-methasone:リンデロン)を維持療法として2mg/日を6ヶ月間、以後1mg/日を続行する方法をとっています。この方法にて2年以内の再発例は認めていません。
    (2)選択的動注療法

    再発例で大脳基底核以外の部に存在する腫瘍に対してTracker-18マイクロカテーテルを使用した超選択的動注療法を施行しています。悪性神経膠腫の場合と同様ですが、再発例に限定し、その効果は著明で全例腫瘍の消失を認めています。

3.転移性脳腫瘍


A. はじめに
    転移性脳腫瘍の治療については、摘出あるいは近年発達した定位的放射線治療(γ-ナイフ、ライナックナイフ、サイバーナイフ)のそれぞれの単独治療のみで他になんらの補助療法も施行しない施設も存在します。それは全身化学療法や全脳照射の効果は少ないためと考えられているからです。しかしながら転移性脳腫瘍は全身疾患で、たとえ脳以外に原発巣を含めて癌病巣が描出されなくとも不顕性としてガン細胞がそんざいしていることは言うに及びません。転移性脳腫瘍の術後の患者の直接死亡原因は脳ではなく脳外臓器の癌病巣による死亡が大半占めることからも理解できます。従って転移性脳腫瘍の治療はCTやMRIの画像上描出される脳転移巣をたたくと共に脳外臓器の癌病巣や画像上描出されない不顕性癌組織をたたく必要があります。したがって5年、10年の長期生存を期待するためにはたとえ脳に転移巣がなくとも術後の全脳に対する放射線照射や全身の不顕性癌病巣をたたくための全身化学療法が必要となってきます。
    以下に当科独自で行っている転移性脳腫瘍の診療体系について記します。
B.診断と治療
    診断ならびに病態把握
    a.脳転移に関する検査

    X線検査
      頭部単純写、頭部断層撮影ー骨転移の有無をみる。
    画像検査
      CTスキャン、MRIー単純CTでは円形の低〜等吸収域の病変に周辺の後半な低吸収域を伴い(浮腫)、造影剤にて強く増強効果をうけ、高吸収域を呈する円形の病変で、均一の場合もあり、薄い壁の嚢胞状の像を呈する場合もある。半数以上は多発性である。数ミリの小病変はCTでは描出できなく、MRIではじめて描出可能である。
    髄液検査
      髄液腔へのガン細胞の播種の有無をみる。
      一般(細胞数、糖、蛋白、etc),細胞診
      腫瘍マーカー:CEA,CA19-9,CA15-3,CA125,NSE,SCC,シフラ,AFP,HCG
      β- glucuronidase, polyamine
    原発巣およびその他の系統臓器の検査
      他部位顕在性の癌病巣の有無をみる。
      胸部 X-P(単純,断層)、胸部CTスキャン、骨X-P(単純,断層)、骨シンチ(99Tc)、腫瘍シンチ(67Ga)、部超音波エコー
    血清検査
      腫瘍マーカー
    その他の検査
      心、肺、肝、腎機能検査
    b.治療の選択−外科的摘出あるいは定位的放射線治療

    脳外科的摘出適応症例
      単発性が基本、その他に一期的に摘出可能な多発性(3個まで)
      摘出にてQOLが低下しない部位
      原発巣が存在しないかコントロールされている
      癌性髄膜炎が合併していない
      他に適応拡大あり

    Stereotactic radiosurgery(γ-knife,Linac-knife)
      腫瘍径が3.0 cm以下 (2.5 cm以下が望ましい)
      単発性と多発性
      全身状態が問題の例
      全身麻酔上問題がある例
    c.補助療法:全脳照射、全身化学療法

    全身化学療法は主に肺ガンからの転移性脳腫瘍の場合に行っており、転移性脳腫瘍の摘出手術時に静注投与し、術後1週に再度投与する方法をとっています。また術中投与しない場合は、術後1,2週に連続投与しています。これは当科の臨床研究の結果、術後の化学療法は抗ガン剤が大量腫瘍摘出腔に移行し、局所再発と髄液腔への腫瘍細胞の播種を防ぐ効果があるという結果から出ています。主にCDDPを中心とした化学療法を施行し、良好な結果がみられ、CDDP以外の他剤による化学療法との局所再発、生存期間の有意な差も証明しています。
    d.外来での経過観察

    3〜4ヶ月毎の維持化学療法(入院1週間)と他臓器転移巣の有無を含めた全身検索:維持化学療法を続行することによって再発率が低下し、長期生存者が格段に増加し、10年以上の生存者も多く認められるようになっています。

4.髄膜癌腫症(癌性髄膜炎)(neoplastic meningitis)


A. 特徴
    腫瘍細胞が髄膜及び脳脊髄液に播種性あるいはび漫性に浸潤し、neuro-axisに沿って(上から順に大脳、中脳、脳橋、小脳、延髄、脊髄という流れ)多彩な症状を呈するものです。白血病やリンパ腫で多く、固形癌では肺癌、乳癌、大腸癌、胃ガンで多く見られます。脳腫瘍では悪性神経膠腫で多く、原発癌によってcarcinomatous meningitis (系統臓器癌:肺、乳癌など)、meningeal gliomatosis (悪性神経膠腫)、meningeal leukemia (白血病)、meningeal lymphoma (リンパ腫)と呼び名があります。前部総称してneoplatic meningitisあるいはmeningeal carcinomatosisと呼ばれています。本症は、癌の重篤な合併症で、癌治療における予後不良因子の最悪なものと考えられており、その早期診断、治療も困難であります。近年原発巣に対する治療成果の向上とともに生存期間の延長が得られるために発生率が上昇しています。根治的治療は無く、診断から死亡までの期間はgliomaや悪性リンパ腫では約3ヶ月、系統臓器ではさらに予後悪く平均4〜6週とされています。
B.症状
    症状は中枢神経は髄液腔によって囲まれているために髄液に播種された腫瘍細胞が髄膜を刺激して項部の慢性的な痛みや、主な髄液産生場所である脳室から脳室の壁(脳室上衣)や脳表のVirchow-Robin腔を介して脳実質内に浸潤して種々の脳症状を呈し、髄液腔を通過する脳神経に着床・浸潤して種々の脳神経症状を呈します。また脊髄およびそれより出ます脊髄神経に浸潤して脊髄運動、知覚障害を呈します。重力で腫瘍細胞は解剖学的に最も低い場所の馬尾に着床しやすく、膀胱・直腸障害もきたしやすくなります。このようなneuro-axisに沿った症状以外に、腫瘍の増殖による髄液路の通過障害が生じて水頭症などもきたします。
    主な症状は下記のとおりです。
    (1)髄膜刺激症状 頭痛、項部痛、嘔気・嘔吐、項部硬直
    (2)脳症状 巣症状、けいれん、精神症状
    (3)脳神経障害 視神経、三叉神経、外転神経、顔面神経、聴神経、舌咽・迷走神経、副神経、舌下神経が障害されることが多く数種の神経が組み合わさって障害されます。
    (4)脊髄・脊髄神経根障害 四肢の弛緩性運動麻痺、知覚障害、線維性攣縮(筋肉が早くピクピクうごくいたり筋肉の収縮が反復して見られる)、膀胱・直腸障害
    (5)水頭症 傾眠傾向に代表される意識障害
C.診断
    (1)腰椎穿刺びよる髄液検査

    髄液一般検査で単球優位の細胞数の増多、蛋白の増量、唐の低下を証明し、細胞診で陽性細胞を証明します。一回の検査での細胞診陽性率は50%で数回の検査で初めて陽性になることがあります。通常は髄腔内は連続があり脳室から脊髄部を含むくも膜下腔に連続性が保たれており、播種は全体の髄腔内に及んでいます (whole type)が、まれに頭蓋内に限局 (cranial type)あるいは脊髄レベルに限局 (spinal type)している場合があります。Cranial typeでは腰椎穿刺による髄液検査だけでは異常所見は証明されないことがあり、脳室穿刺あるいは大槽穿刺で初めて証明されることがあります。
    (2)CT, MRI

    CTやMRIでは病変の描出が難しく、特に早期の診断は不能の場合が多く、正常所見を示す。しかしながら病像が完成され、症状から明らかな場合の末期では画像診断が可能の場合が多い。髄膜癌腫症の画像所見は大きくは、髄液に腫瘍細胞が多数播種され、髄液腔に沿った充実性腫瘍がほとんど認められないdiffuse typeの場合と、髄液腔に沿った充実性腫瘍が顕著であるが、髄液腔の細胞がさほど多くないnodular typeに分けられる。CTでは小病変の描出はむつかしく、脳溝の消失や水頭症の出現などの情報が得られるにすぎず、最終的画像診断はMRIによるところが大きい。くも膜下腔(脳、脊髄)に沿った多数の小病変、脳溝に沿った異常陰影や消失、脳室拡大があります。特にMRIによる馬尾部の小病変の描出は診断的価値が高い。
D.治療
    本疾患の治療は原発癌の治療を含めた中枢神経外の腫瘍の治療も合わせて行わなければならない。従って抗ガン剤の髄腔内投与による髄腔内化学療法以外に全身化学療法、放射線療法が併用される場合があります。ここでは髄腔内化学療法について述べますが、髄腔内投与可能抗ガン剤は数種に限定されており、それ以外の抗ガン剤を投与すると神経毒性のために投与後直ちに痙攣を誘発し死に至ります。その髄腔内投与可能抗ガン剤としては、メソトレキセート(MTX)、cytosine arabinoside (Ara-C)、Thio-TEPA、ACNUなどがあり、その他にも数種の髄腔内投与可能抗ガン剤が試行されています。 標準治療としては、側脳室前角部に留置したチューブと頭皮の皮下に留置した貯留槽を連結したOmmaya systemを経皮的に26G針で穿刺してメソトレキセート(MTX)を5〜10 mg単独あるいはcytosine arabinoside (Ara-C)20〜40 mgを併用して週2〜3回投与する。その他にMTXを12時間毎に1mgを反復投与する方法があります。これらの方法からここ20年新しい方法は出現していないのが現状です。

    近年、cytosine arabinosideの徐放剤が1991年より米国で臨床第1相試験が実施され、髄腔内投与で髄液中濃度が2週間にわたり有効濃度以上に維持されることが明らかとなり、現在米国、カナダ、欧州で使用されていますが、現在日本では認可されておらず、今後の日本での臨床治験と厚生省の認可を待たざるをえない状況です。一方当科では長年癌性髄膜炎の新しい診断と治療法に取り組んでおり、種々の方法を開発してきた。以下にそれについて記します。
      診断

      (1)悪性脳腫瘍の例に対しては全例Ommaya reservoirを設置し、術後定期的に腰椎穿刺を施行して腰部髄液を採取し、同時にOmmaya reservoirを通じての脳室内髄液を採取して癌細胞の髄腔内播種を出来るだけ早期に発見し、治療効果を的確に把握するように努めています。

      (2)癌性髄膜炎の髄液腫瘍マーカーとしてβ-glucuronidase (ベーターグルクロニダーゼ)が早期発見、治療効果の指標として大変有用であることを証明しました。

      (3)同じく癌性髄膜炎の髄液腫瘍マーカーとしてミエリン塩基性蛋白が早期発見ならびに治療効果の評価に有用であることを証明しました。このように(2)、(3)の髄液マーカーの臨床応用にて早期診断と治療効果の判定に飛躍的な発展をもたらしました。


      治療

      (1)MTX, Ara-Cの少量反復投与
      Ommaya reservoirを通じてMTX、Ara-Cの通常投与量の半量(MTX 5mg, Ara-C 20 mgの週3回投与)を隔日に投与する方法にて通常投与量において出現する不快感、嘔気等の急性の神経毒性の出現はほとんど認められなく、効果も通常投与量における場合との差は見られません。さらに小量のMTXとAra-Cを12時間毎に投与する方法をとった場合、副作用(骨髄抑制)は軽減し、効果も上記の場合と差は認められませんでした。

      (2) MTX, Ara-Cによる脳室・腰部髄腔内潅流化学療法
      脳室に留置したOmmaya reservoirから持続的に72時間人工髄液を40ml/hの速度で注入し、腰部くも膜下腔に留置した廃液チューブより排出する方法で、観血的にMTX 10〜20 mgとcytosine arabinoside (Ara-C) 40〜80 mgを注入する。これによって標準治療法では到達し得ない脳のくも膜下腔から脊髄のくも膜下腔までMTX, Ara-Cが行き渡り、強い効果が得られることになります。この方法によって従来の標準治療法では見られなかった下肢の運動知覚神経の改善が著明で治療後独歩可能になる例が多く、全例”身体が非常に軽くなった”と訴える結果がみられました。しかしながら、治療中は種々の精神症状、神経症状の出現があり、管理が難しい点があり、今後の改良が必要です。

      (3) MTX耐性癌性髄膜炎に対するMTXと6-thioguanineの併用療法
      MTXそのものは、治療中薬剤耐性が獲得されやすいという問題があり、またもともとMTXに耐性を示すものがあり、これらに対する治療法が切に望まれていました。基礎的実験を重ね、MTX投与にてMTX耐性細胞ではピリミジン代謝が低下するのが認められ、一方プリン代謝は上昇するのが認められました。これらのデーターから6-thioguanine (TG)を投与すればTGのリン酸化が促進され殺細胞効果が上昇することが期待されました。結果、マウス癌性髄膜炎モデルではMTXと6TG同時投与に比しMTX投与後2時間して6TGを投与した群では有意に長い生存期間を示しました。倫理委委員会の許諾を得て臨床応用の予定であります。

      (4) 5-fluoro-2’-deoxyuridine (FdUrd)による髄腔内投与療法
      5‐fluoro‐2’-deoxyuridine (FdUrd)は、国外で主に大腸、直腸癌の肝転移に動注に使用される抗癌剤であります。FdUrdは、研究室内ではある濃度範囲内では神経培養系で増殖細胞のみを抑制し、神経細胞に障害を及ぼさない事実があります。これにヒントを得て、髄腔内投与で使用することにより、髄腔内播種ガン細胞の増殖を抑制して、脳をはじめ中枢神経に毒性を及ぼさない有用な治療薬になる可能性が考えられました。基礎研究を重ねそれを実証して倫理委員会の許諾を得て臨床応用を行いその結果FdUrdの連日のbolus投与では70%以上のresponse rateが得られ、1年以上の生存も見られるようになりました。副作用はほとんど無く、CT, MRI上でも異常所見は認めなく、極めて低い神経毒性と考えられたのでbolus投与に引き続き維持療法のためにFdUrdの持続髄腔内投与を1週間タイプのbaloon pumpを用いて行いました。その結果14例中13例に効果を認め、従来のMTXを主としたbolus投与治療では見られなかった外来通院が可能となり、この癌性髄膜炎治療に一つの光明をもたらしました。図はそのポンプシステムを示しています。

      (5)その他に現在、腫瘍細胞浸潤抑制作用のあるRock/Rhoキナーゼ阻害薬の持続髄腔内投与治療、腫瘍細胞選択的遺伝子治療法の研究を行っており、今後の臨床応用が期待されています。


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