聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)について

1. 要点

  1. 聴神経腫瘍は正確には前庭神経鞘腫といいます
  2. 症状は,聴力低下,耳鳴り,めまい,ふらつき,が多いです
  3. 良性腫瘍ですから治療を急ぐ必要はありません
  4. 選択肢は3つ,何もしないで様子を見る,放射線治療をする,開頭手術で取る,です
  5. ほどんどが放射線治療で治るので手術はよほど大きなものしかしません
  6. 手術はとても難しいので手術経験の多い脳外科医を捜しましょう
  7. でも聴神経腫瘍の場合,名医とは手術の上手な外科医ではありません,不要な手術を勧めない外科医です
  8. 治療の目的は聴力の温存と顔面神経まひを出さないことに注目です
  9. ガンマナイフなどの放射線治療の副作用として腫瘍の悪性化などが言われますが,ものすごく確率の低いものです
  10. 逆に,報告されない手術死亡や重い手術合併症はかなりあると推測されます
  11. (三叉神経鞘腫など他の神経鞘腫は他のページに書いてますのでここをクリック

2. 自然に小さくなってしまうことがある腫瘍です。

自然退縮とは何もしなくても腫瘍が小さくなってしまうことです。聴神経腫瘍では10%以上にこれが起ります。ですからなんにも治療をしなくてほっておいても何でもないことも少なからずあるのです。無理に治療をしないでまず様子を見ることも大切です。信じられない人のために例を見せましょう。

15年間観察して何もしないで小さくなってしまった聴神経腫瘍です。

 

8年間観察して何もしないで小さくなってしまった大きな聴神経腫瘍です。

 

8年間観察したら自然に良くなった聴神経腫瘍に合併する水頭症です。

この自然退縮は,年齢が高い患者さんほど生じやすいです。でも20代の患者さんでも見たことがあります。また,自然退縮する前に,腫瘍ののう胞化という現象が起きることが多いです。腫瘍の中に水たまりができることです。


3. MRIで経過観察するという選択肢(wait and scan)

では逆に,どのくらいの確率で腫瘍は大きくなってしまうのでしょう。文献を調べてもはっきりしません。20%という報告から80%という報告まであります。でも数年くらいの観察ですと50%以下の確率だと考えられています。患者さんの年齢が若いほど腫瘍の大きくなる確率は高いです。

もし腫瘍が小さくて,良い聴力が残っていたら聴力はどうなるのでしょう。残念ながら聴力低下が生じる確率は高くて,3年くらい観察すると2分の1か3分の1くらいの確率でその聴力は使えなくなるまで低下します。でも手術すると半分以上の患者さんで聴力は消失しますし,放射線治療をしても3割くらい確率で有用聴力は低下します。

混乱するといけないのでまとめます。かなり多くの患者さんにおいて腫瘍は大きくなりません。大きくなってこない腫瘍を治療して患者さんにとってどのような利益があるのか明らかではありません。手術をすると顔面神経麻痺などの新たな合併症が加わってしまう確率は低くはありません。ですから,たとえ聴力低下が進行しても,それほど大きくない聴神経腫瘍は,まずは経過観察していいということになります。

ノルウェーのある病院で2006年にまとめられた301人の聴神経腫瘍患者さんの報告があります。患者さんに治療法などいろいろ説明して,最初の選択は,経過観察 165人,ガンマナイフ 81人,開頭手術 55人だったそうです(Myeseth et. al., Acta Neurochir 149, 2007)。

最初は3ヶ月おき,次は半年おき,2年くらい見て変化がなければ1年おきくらいの観察がいいかもしれません。注意したいのは,一時的に腫瘍のう胞が大きくなっても,また観察していると小さくなってくるというようなことがあり得るということです。もちろん,明らかにどんどん大きくなる時には治療を考えましょう。

一方で,腫瘍が小さいうちの方が手術の合併症が低く,放射線治療による聴力の温存率も高いという意見もあります。


4. 放射線治療の方が手術より成績がいい

証拠と言ってはなんですが、私の書いた論文がアメリカ脳神経外科学会の機関紙に載っているのでみて下さい(国際学術誌なので英語)。

私と一緒に論文を書いた北海道大学耳鼻科の坂本徹先生の新しいデータでは,2004年までに165例の聴神経腫瘍を放射線治療してうまく行かないで結局手術になった人は3人のみです。残りの162人は放射線治療だけですんでいます。放射線治療の前に腫瘍がある側の聴力があった122人の患者さんで71.5%(照射後7年)の人に聴力が保存できています。ひどい顔面神経まひを生じた人は一人もいませんでした。聴力の相当悪かった人も含めても,腫瘍のある側の耳が聞こえなくなった患者さんは6人だけです。

脳外科医の私が言うのは変ですが、すごく手術の上手な脳外科医の成績でもこの放射線治療の成績にはとてもかないません。

定位分割放射線治療をした聴神経腫瘍の例(左)。放射線治療後に一時的に大きくなることがあります(中央)。やがて小さくなっていきます(右)。この画像はMRIのCISS画像というのを用いています。造影剤を使わないでも腫瘍の形と大きさが精密に解るので,経過観察には適している検査法です。

放射線治療のいろいろ

聴神経腫瘍の治療に用いられる定位放射線治療には,1回照射(ガンマナイフ)と分割照射(リニアック)などがあります。日本全体ではガンマナイフ治療の方が多いのですが、北大病院放射線科は分割照射の方が副作用が少ないという考えで定位分割照射という方法で放射線治療をしています。分割照射の方が聴力の低下や顔面神経まひは少ないと考えられますが、およそ50グレイという線量を25回に分けてかけますので,6週間くらいの外来通院あるいは入院が必要になります。ガンマナイフでは2-3日でしょうか。でも手術治療よりはずっとリスクも低くて患者さんは楽です。ガンマナイフより分割照射が優れている点は,より大きな聴神経腫瘍を治療できることにもあります。他の照射装置,サイバーナイフ,トモテラピー,ノバリス,エックスナイフ,ハイパーナイフなどが,いろいろな特徴を持って宣伝されています。どの装置が格段に優れているという証拠はないので,宣伝文句に惑わされないようにしましょう


5. 注意しなければならない聴神経腫瘍の合併症

聴神経腫瘍は交通性水頭症という頭の中に水がたまる合併症をしばしば生じます。水頭症が進行すると意欲がなくなって精神機能が低下して認知症になったり,歩行が不安定になって歩けなくなったり,おしっこを失禁したりする症状が出ます。放射線治療をしてもしなくてもこの合併症は生じることがあります。その時は、シャント手術といって頭の水(髄液)をお腹の中にチューブを入れて流す簡単な手術をしなければなりません。

 

上の写真が小さな聴神経腫瘍と水頭症です。80歳近い男性の患者さんが認知症(痴呆)とまちがえられていました。おしっこをもらしたり,歩行が不安定でよたよたしていました。これは小さな15mmくらいの聴神経腫瘍があるために水頭症になってしまったから起こった症状です。ですから,脳の中に溜った水をお腹までチューブで流すシャント手術という簡単な手術で治りました。もちろんこの小さな腫瘍は治療する必要がないのでほっておきました。


6. どんな時に手術をするのか

聴神経腫瘍でまず手術が必要なのは巨大なものです。この4枚の写真は私が実際に最近手術をした患者さんのものです。脳幹部という脳の最も大切なところが腫瘍によって圧迫されて変形しているのが特徴です。

脳幹部変形がとっても強いものを除けば4cmくらいまでの聴神経腫瘍は定位分割放射線治療で治療が可能です。

7. どこで手術を受けるのか

外科医がちゃんとした手術成績を得るには,ある程度の手術経験が必要です(英語ではoperative learning curveといいます)。Elsmoreという英国の脳神経外科医によれば,聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)の 手術成績が安定するのは,術者として50人くらいの患者さんを手術した後だとのことです。ですから,ことは簡単で,50例以上の患者さんを手術した経験のある脳外科の先生に手術をしていただきましょう。だからといって安心ができるかどうかはまた別物ですが,手術が必要な場合にはそうしましょう。


聴力温存手術

この表は,前提神経鞘腫(聴神経腫瘍)があった29歳女性の右耳の聴力検査 (PTA) です。左が手術前で,1000Hzから2000Hzくらいの会話に使う音域の谷型の聴力低下で,聴神経腫瘍では典型的なものです。
この患者さんには聴力を温存するための手術摘出をしました。右側が腫瘍を摘出した手術後の聴力です。小さな腫瘍に限っていえば,半分以上の患者さんで手術でもこのように聴力は温存できるでしょう。しかし,音の質というものが問題になることがあります。聴力検査では聴力が残っていても,ひどい耳鳴りが残ったり,ある一定の音だけがすごく響いてしまって良く聞こえないなどの問題が生じることもあります。


聴力を守るためには1回照射(ガンマナイフ)と分割照射(リニアック)のどちらが良いか?

患者さんからしばしば聞かれる質問です。北海道大学病院では分割照射(多くの場合で25回にわける)をしています。文献を読んでもどちらも聴力温存は期待できると書いてありますから,どちらが良いのか専門家にもよくわかりません。私は脳外科医ですから放射線治療医より客観的な立場でこれを評価できるはずなのですが,確信を持って判断できないのです。

そこで参考になる論文があります。
Stereotactic radiosurgery and fractinated stereotactic radiotherapy for the treatment of acoustic schwannomas: comparative observations of 125 patients treated at one institution. Andrew DW et al. Int J Radiat Oncol Biol Phys 50: 1265-1278, 2001
フィラデルフィアのトーマスジェファーソン病院で,ガンマナイフ(1回照射)とリニアック(多数回分割照射)の両方が使えます。そこで,69人の患者さんはガンマナイフ,56人の患者さんはリニアックで治療されました。 腫瘍の増大を止める効果や副作用にほとんど差がありませんでした。しかし,治療前に良い聴力を持っていた人では分割照射の方が2.5倍くらい聴力温存ができたとのことです。これは一つの病院で同じグループが両方の手段を使って比較した結果なのでかなり信用できます。一つだけ注意しておかなければなりません。分割照射では1日あたり2グレイが使用されたことです。これ以上の1日照射量だとこの成績は出ないかもしれません。
結論として,分割照射の方が聴力を守れると考えられます


多分割定位放射線治療の成績

Combs SE et al.: Management of acoustic neuromas with fractionated stereotactic radiotherapy (FSRT): long-term results in 106 patients treated in a single institution. Int J Radiat Oncol Biol Phys 63:75-81, 2005

ドイツからの報告です。106人の患者さんを1日1.8グレイ,1週間に5回の照射で,総線量57.6グレイで治療した成績です。5年の時点で腫瘍が大きくならなかった割合は93%でした。有用聴力のあった患者さんで5年後に聴力温存ができたのは94%と書かれています。神経線維腫症2型NF-2の患者さんでの聴力温存率は低くて64%でした。顔面神経麻痺が2.3%,三叉神経障害が3.4%あったとのことです。NF-2の患者さんを除けば,Gardner-Robertsonの分類でクラス1と2の患者さんで,5年後に有用聴力が98%も残ったとありますから,ちょっと信じられないくらい良い成績です?

 

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ここからは専門用語による記述です

神経鞘腫 schwannoma

a. 病因・病理

 神経鞘腫は末梢神経のシュワン細胞より発生する腫瘍で,原発性脳腫瘍中およそ10%と頻度の高い腫瘍である。成人に好発し20〜50歳代に多い。前庭神経(第8脳神経いわゆる聴神経)に最も多く,次いで三叉神経,稀に顔面神経,舌下神経,迷走神経(頚静脈孔腫瘍)にも発生する。脊柱管内では,頸部や腰部の脊髄後根にも好発する。両側の第8脳神経に腫瘍がある場合や多発性神経鞘腫では,神経線維腫症2型 neurofibromatosis type 2 (NF-2)を考えなければならない。

 組織学的には,紡錐型の核を有する腫瘍細胞で構成される。古典的病理所見として,束状fascicular に配列する密な組織であるAntoni A Typeと網状 reticular で疎な組織であるAntoni B Typeが混在するパターンを示す。隣り合う細胞核の柵状配列 palisade arrangementは,組織診断上大切な所見である。神経鞘腫では多少の核の異型性がみられても悪性像とはいえない。嚢胞を形成したり,時には毛細血管拡張を思わせるような著明な血管の増生があり腫瘍内出血をきたすことがある。神経鞘腫の一部は,第22染色体長腕上のNF-2遺伝子の欠失あるいは変異によって発生するとされている。また,この細胞骨格を形成する蛋白 merlinをコードするNF-2遺伝子は,髄膜腫や脊髄上衣腫の発生にも関与すると考えられている。

b. 症状・経過

 前庭神経鞘腫の多くは内耳道内より発生し,内耳道を拡大し小脳橋角部へ発育してくるためその症状発現には一定の特徴がある。まず耳鳴や難聴が生じ次第に進行して,平衡障害としてめまい感,歩行不安定,顔面のしびれ,眼振,小脳の圧迫症状として腫瘍と同側に小脳性運動失調が出現する。続いて,近接の脳神経である三叉神経,外転神経,顔面神経の障害も加わり,最後には脳幹を圧迫して頭蓋内圧亢進をきたす。これらの症状発現経過はCushing chronology として知られる。前庭神経鞘腫がすべてこれに従うわけではなく,また最近ではわずかな聴力低下や耳鳴,めまい発作のみでMRI検査がなされるために軽度の初期症状で発見される小さな腫瘍が圧倒的に多い。

 反復性頭位変換性めまいや急激な聴力低下で発症する例もまれではない。前庭神経鞘腫では10-20%の患者が突発性難聴で聴力低下を自覚する。三叉神経感覚根より発生する三叉神経鞘腫では,顔面の痛みやしびれなどの感覚障害が生じる。痛みは三叉神経痛として誤診されることもあるが,神経鞘腫では角膜反射の低下や三叉神経領域の感覚障害を伴うことがあり三叉神経痛との神経学的な鑑別は可能である。顔面神経の一部である中間神経の障害により味覚の異常を訴える患者も多い。また,大きな腫瘍でなくとも髄液吸収障害による交通性水頭症を呈して,集中力や記憶力の低下などの茫漠とした認知機能障害を来すことがある。進行すれば不安定歩行や尿失禁となり,いわゆる正常圧水頭症に類似した症候が出現する。この水頭症は,脳萎縮を伴う高齢者での症候学的な鑑別診断は容易でないこともある。

 前庭神経鞘腫患者の治療後症状を鑑みた場合,生活の質を落とすという意味合いでは,顔面神経麻痺に次いでめまいが問題となる。

c. 検査

 前庭神経鞘腫を疑えばMRIが第一選択される。Gd-DTPA増強MRIでは,内耳道内に限局する数 mm程度の小腫瘍から,小脳橋角部に発育した大きなものまで明瞭に描出することができる。診断がついた後は,CISS imageでの経過観察が造影剤も不要であり腫瘍サイズも1 mm単位で精密に測定できるので優れている。前庭神経鞘腫では聴力検査で一側性の感音性難聴,聴性脳幹反応でI-II波間隔の延長,そして前庭機能低下の指標として温度眼振試験の反応低下あるいは消失がみられる。

e. 治療

 画像診断の進歩により,最近では小さな神経鞘腫が多く発見されるが放置して経過観察しても年余にわたり増大しないものもある。前庭神経鞘腫の脳外科的手術は比較的安全なものとなったが,術後の患側聴力消失と顔面神経麻痺の頻度は依然として無視できない頻度である。完全摘出されれば予後良好であるが,脳幹部や脳神経に癒着しているときには全摘が難しいことがあり,大きなものでは手術のリスクは高い。一方,1990年代にはガンマナイフやリニアックを応用した定位的放射線治療による効果が明らかとなった。3 - 4 cm以上の大きなものは外科手術の適応となり,それ以下のものは定位放射線治療が選択される傾向にある。

文献

Elsmore AJ, Mendoza ND: The operative learning curve for vestibular schwannoma excision via the retrosigmoid approach. Br J Neurosurg 16: 448-455, 2002

Myrseth E et. al.: Treatment of vestibular schwannomas. Why, when and how? Acta Neurochir 149: 647-660, 2007

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